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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)156号 判決 1997年6月18日

岐阜県岐阜市上土居2丁目4番1号

原告

株式会社三陽電機製作所

代表者代表取締役

杉本眞

訴訟代理人弁理士

草野卓

稲垣稔

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

祖山忠彦

園田敏雄

幸長保次郎

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成6年審判第6113号事件について、平成7年3月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年6月8日、名称を「カード式乗車券精算システム」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭60-124944号)が、平成6年2月17日に拒絶査定を受けたので、同年4月13日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成6年審判第6113号事件として審理したうえ、平成7年3月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月31日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

車内で乗車券を精算するシステムにおいて、上記乗車券は少なくとも有効金額、乗車停留所コードを記録し、またこれを読出すことができるカード式乗車券であり、

乗車口に設けられ、少なくとも上記カード式乗車券の記録情報を読取る読取り手段、そのカード式乗車券に乗車停留所コードを書替える書替え手段、上記読取り手段で読取られた情報にもとづきそのカード式乗車券の有効性を判定する有効性判定手段及びその有効性判定手段による判定結果を報知する有効性報知手段をもつ乗車口用カード処理装置と、

降車口に設けられ、少なくとも上記カード式乗車券の記録情報を読取る読取り手段、その読取り手段で読取られた情報及び運賃データから運賃演算を行い、その結果にもとづき新たな有効金額を演算する手段及び新たな有効金額を上記カード式乗車券に書替える書替え手段とを有する降車口用カード処理装置と、

上記車内に設けられ、系統別の運行データを記憶した運行メモリ、系統別の運賃データを記憶した運賃メモリ、上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へデータを送る手段と、入力操作手段からの設定入力に応じて上記運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び上記運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読出す手段、その読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の人力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段及び上記読出された運賃データを上記降車口用カード処理装置へ送る手段を有する中央処理装置と、

を具備するカード式乗車券精算システム。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、その出願前の出願であって、本願出願後に出願公開された特願昭60-90508号出願(特開昭61-249187号)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一と認められ、しかも、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願時に、その出願人が先願の出願人と同一であるとも認められないので、特許法29条の2第1項(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、先願明細書の記載事項の認定、本願発明と先願発明とはともに、読み書き可能な、いわゆるキャシュレス乗車券を乗車口用のカード処理装置と降車口用のカード処理装置にそれぞれ挿入することにより、バスヘ乗車した時の乗車賃の精算を行うカード式乗車券精算システムに係るものであること、先願発明は本願発明における有効報知手段に対応するものを備えていること、各種の系統のデータの中から必要な系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置を備え、この読み出したデータに基づいて必要なデータ処理を行う機器は、本願出願前周知であること、必要とするデータを、メモリカセット、キーホルダ型ICメモリ、磁気カード等の可搬式メモリに記憶させておき、この可搬式メモリを装着することにより、これを制御装置の運行情報を記憶した記憶装置として用いることが、本願出願前周知であることは、いずれも認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明と先願発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点を看過する(取消事由2)とともに、相違点の判断を誤って(取消事由3)、両発明が同一であるとしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  一致点の認定の誤り(取消事由1)

本願発明の「読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段」の構成は限定されたものであって、先願発明は、本願発明の上記構成に相当するものを備えていない。

先願明細書(甲第5号証)には、「他の手段によって入力された降車停留所情報にもとづき乗車区間を求め」との記載がある(同号証8頁右下欄2~3行)が、この「他の手段」が具体的にどのようなものであるか判然としない。被告は、このような手段は周知のものであるとするが、周知例とされた特開昭55-25190号公報(甲第7号証、以下「周知例」という。)には、単に「停留所での停車及び通過を運転者の手動操作によって指示する停留所経過スイッチ」が記載されているに過ぎず、この「停留所経過スイッチ」と本願発明の上記構成が同一であるとはいえない。

したがって、審決の「本発明の・・・読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段に相当するものは、引用例には明示されていないが、引用例に記載されているものにおいても、乗車停留所番号及び乗車区間料金を求めるためには当然に必要とされるものであるから、引用例に記載されたものにおいても、これに相当するものは備えているものと解される。」(審決書5頁12行~6頁2行)との認定は誤りである。

2  相違点の看過(取消事由2)

本願発明は、中央処理装置において「系統別の運行データ及び系統別の運賃データを記憶するメモリ」を有するものであり、このように複数の系統の運行データ及び運賃データを記憶していることにより、運行管理所から遠く離れた終点停留所において、交通渋滞その他何らかの理由により、運行系統の変更指示を受けた場合に、その新たな系統の運行データ及び運賃データを読み出し、その新たな系統を運行することができるという格別の効果を奏するものである。

これに対し、先願発明は、1つの運行系統の区間料金のみを記憶してその運行系統の運行を立派に実施することができるのであり、特に多数の運行系統について区間料金を記憶しておくべき必然性はない。したがって、先願発明における「管理カード」には、現に運行する系統の運行データ及び運賃データ等が記憶されているだけであり、本願発明の「系統別の運行データ及び運賃データ」は記憶されておらず、その点において本願発明と相違するものである。

そうすると、審決が、この点を相違点として認定せずに、「その余の点において一致している」(審決書6頁11~12行)としたことは、誤りである。

3  相違点についての判断の誤り(取消事由3)

本願発明は、バスの車内に中央処理装置を設け、その中央処理装置は、(a)系統別の運行データを記憶した運行メモリと、(b)系統別の運賃データを記憶した運賃メモリと、(c)乗車口用カード処理装置及び降車口用カード処理装置へデータを送る手段と、(d)入力操作手段からの設定入力に応じて上記運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読み出す手段と、(e)装着された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段と、(f)読み出された運賃データを上記降車口用カード処理装置へ送る手段とを、備えるものであり、このように記憶装置を内蔵し、必要とするデータを選択的に読み出すことのできる機器は、周知のものではない。

そして、本願発明は、上記のとおり乗車停留所番号及び降車停留所番号を送信する中央処理装置と、これらの番号を受信する乗車口用カード処理装置及び降車口用カード処理装置の3者により構成されることにより、迅速にその処理を行うことができる。しかも、前記のとおり、運行管理所から遠く離れた終点停留所において、運行系統の変更指示を受けた場合にも、その新たな系統の運行データ及び運賃データを読み出して運行することができるという格別の効果を奏するものである。

これに対し、先願発明は、乗車停留所番号書込装置とバス料金収受装置の2者から成るものであり、この2つの装置により乗車停留所番号書込装置への送信、読出し等多数の処理を行うので、それだけバス料金収受装置の処理が遅くなる。しかも、前記のとおり、先願発明における「管理カード」には、現に運行する系統の運行データ及び運賃データ等が記憶されているだけであり、運行途中で運行系統の変更等には対応することができないから、先願発明は、本願発明の上記の効果を奏するものではない。

したがって、審決の、「・・・記憶装置を内蔵し、必要とするデータを選択的に読み出すことができる機器も、共に本件審判にかかる出願の出願前周知のものであり、本発明が、記憶装置を内蔵し、必要とするデータを選択的に読み出すことができる機器を用いることにより、それが本来有する効果を越えて予測し得ない効果を奏することができたものとも認められないから、いずれを採用するかは、その利害得失を勘案して当業者が適宜に選択することができた設計的事項と認められる。」(審決書8頁2~15行)との判断は、誤りである。そもそも、審決の上記判断は、特許法29条2項においてなされるべきものであり、同法29条の2の発明の同一性の判断をするに際してなされるべきものではない。

さらに、審決は、「本発明のものは、入力操作手段からの設定入力に応じて運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読出す手段を有することにより、途中で運行系統の変更ができるものであるが、引用例のものは、管理カードKCを使用するものであり、途中で運行系統の変更ができないものである旨主張するが、引用例に記載のものにおいても、運転手がバスの出庫時に各種の運行系統の管理カードを同時に受け取れば、解決することができるものであり、モード切換により種々の系統のデータの中から必要とする系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置の有する本来の機能から予測し得る効果にすぎないものと認められる。」(審決書8頁16行~9頁9行)と判断したが、先願明細書には運転手が各種の運行系統の管理カードを同時に受け取ることが開示されておらず、また、運転手が各種の運行系統の管理カードを同時に受け取ることが通常に行われ又は考えられることであるとの立証もないから、上記認定は誤りである。

特開昭59-214883号公報(乙第1号証)には、車内に系統別の運行データを記憶した運行メモリと系統別の運賃データを記憶した運賃メモリを設け、入力操作手段からの設定入力に応じて運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読み出すようにすることが記載されているが、上記公報は本願出願6か月前に公知とされたものであって、これのみでは、上記技術が周知であるとすることはできない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

周知例の記載(甲第7号証2頁左上欄17~18行、同頁右上欄13行~左下欄10行、3頁左上欄8~15行)によれば、停留所での停車及び通過を運転者の手動操作によって指示する停留所経過スイッチを備え、このスイッチと整理券発行機及び料金収納機を集中制御器と結合することは従来周知であり、また、バスの運行に当たり、停留所名、区間の切換表示、整理券番号の変更等を制御装置により行うには、テープレコーダからの信号又は運転者のスイッチ操作によることも従来周知である(特開昭59-214883号公報・乙第1号証2頁右下欄10行~3頁左上欄20行、特開昭59-72585号公報・乙第2号証3頁左上欄6~11行)。

したがって、先願明細書(甲第5号証)の「他の手段によって入力された降車停留所情報」(同号証8頁右下欄2~3行)とは、停留所での停車及び通過を運転者の手動操作によって指示するスイッチのような手段によって入力された次に停車する停留所情報を意味し、この一つの情報が、次に停車する乗車停留所情報として乗車停留所番号書込装置に送信され、バス料金収受装置には、次に停車する降車停留所情報として、送信されるものと解される。

以上によれば、先願発明においても、本願発明の「読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段」に相当するものは備えている。

2  取消事由2について

本願発明が、バスに搭載したメモリに複数の系統別の運行に必要なデータを記憶していて、その中から運行系統に応じた運行に必要なデータを選択的に使用するものであることは認める。

これに対して、先願発明は、固定基地にある集計管理機3のメモリに、複数の系統別の運行に必要なデータを記憶していて、その中から運行系統に応じた運行に必要なデータを選択的に管理カードに書き込み、これをバス料金収受装置に装着して使用するものである。この管理カードは、少なくとも1日の運行管理に必要な情報及び乗客管理に必要な情報を記録するに充分な記憶容量があるものである(甲第5号証10頁右上欄10~13行)から、多数のデータからなる複数の系統の運行データ及び運賃データを記憶するものでないとする根拠はない。また、1つの運行系統の区間料金のみを記憶しているとすると、その記憶装置を搭載したバスはその運行系統にしか使用できず、運行の実態に則さないものと認められるから、むしろ常識的には多数の運行系統についての区間料金を記憶しており、本願発明と同一の構成を有しているものと認められる。

したがって、審決の相違点の認定に看過はない。

3  取消事由3について

原告は、各種の系統のデータの中から必要な系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置を備え、この読み出したデータに基づいて必要なデータ処理を行う機器と、必要とするデータを、メモリカセット、キーホルダ型ICメモリ、磁気カード等の可搬式メモリに記憶させておき、この可搬式メモリを装着することにより、これを制御装置の運行情報を記憶した記憶装置として用いることが、いずれも本願出願前周知であると認めている。

そして、バスに搭載したメモリに複数の系統別の運行に必要なデータを記憶させておいて、その中から運行系統に応じた運行に必要なデータを選択的に使用することは従来周知である(特開昭55-47591号公報・甲第6号証1頁右下欄14~20行、特開昭56-57540号公報・乙第6号証特許請求の範囲第1、第2項、同号証3頁左上欄5~19行、特開昭59-214883号公報・乙第1号証3頁左下欄3~8行)。

また、可搬式メモリを差し替えることにより、複数の系統の運行に必要なデータを選択的に使用することと、可搬式メモリに複数の系統の運行に必要なデータを記憶させておいて、これを選択的に使用することは、いずれも周知である(特開昭47-45292号公報・乙第3号証2頁左上欄4~7行、特開昭59-72585号公報・乙第2号証3頁右上欄5~7行、特開昭59-214883号公報・乙第1号証3頁左下欄3~8行、2頁右上欄1~10行)。

以上によれば、従来から、バスに搭載したメモリに複数の系統別の運行に必要なデータを記憶させておいて(可搬式メモリから読み込んで記憶させたものも含む。)、運行系統に応じてこれを選択的に使用することと、可搬式メモリの差替えによって系統に応じた運行に必要なデータを選択的に使用することは、バスの運行に必要なデータを適宜選択して使用するための手段として、互いに同等ないし等価なものとして当業者が認識していたものである。

したがって、審決の相違点についての判断(審決書8頁2行~9頁9行)に、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認)について

審決における本願発明の要旨の認定及び先願発明の認定は、当事者間に争いがない。

先願明細書(甲第5号証)には、その特許請求の範囲第1項に、「挿入されたカードに乗車停留所番号を書込む手段を備えた乗車停留所番号書込装置をバスの乗車口に配設し、挿入されたカードから乗車停留所番号および使用可能な金額を読取る手段と、この読取った乗車停留所番号にもとづき乗車区間料金を求め、読取った使用可能な金額から該区間料金を差引き、その残額を次に使用可能な金額として前記カードに書込む手段とを備えたバス料金収受装置をバスの降車口に配設し、このバス料金収受装置により乗車客のバス料金の収受を行なうようにしたカードによるバス料金収受方式。」(同号証1頁左下欄7~20行)と記載され、その発明の詳細な説明には、「ステップ119では磁気ヘッドH2によるバスカードBCへの乗車停留所番号NOの書込み処理がなされる。」(同号証6頁左下欄15~18行)、「ステップ401で読取られた乗車停留所番号と他の手段によって入力された降車停留所情報にもとづき乗車区間を求め、この乗車区間にもとづき区間料金を算出する。・・・乗客がバスカードBCを使用せず、整理券をとって乗車した場合、または乗客が乗車口でバスカードBCを投入せずかつ整理券をとるのを忘れた場合であって、運転手による制御スイッチ部23の操作により整理券番号または乗車区間が入力された場合は、ステップ409においてこの整理番号または乗車区間にもとづき区間料金が算出される。」(同号証8頁右下欄1~15行)との記載がある。

これらの記載によれば、先願発明では、乗車区間に基づいて降車時に区間料金を算出するために、乗車口に配設された乗車停留所番号書込装置において乗客のカードに乗車停留所番号を書き込むことと、降車口に配設されたバス料金収受装置に降車停留所情報を入力しておくことは、いずれも必須の構成であり、ここにいう果車停留所番号と降車停留所情報とは、いずれもバスの運行に伴って停留所ごとに更新される番号であって、ある停留所を通過したバスについていうと次に停車が予定されている停留所の番号のことであるから、この運行に伴う次の停留所の番号を、乗車停留所番号書込装置による書込みとバス料金収受装置による料金計算の前に双方の装置に入力しておくための手段は、先願発明が当然備えていなければならないものと認められる。この点について、先願明細書には、降車停留所情報をバス料金収受装置に「他の手段によって入力」することのみが記載されているが、他方、上記のとおり、バス料金収受のために運転手による制御スイッチ部の操作により整理番号又は乗車区間が入力される場合があることが記載されていることからすると、先願明細書に接した当業者は、先願明細書の記載から、乗車停留所番号及び降車停留所情報を乗車停留所番号書込装置及びバス料金収受装置に入力する手段として、運転手の手動操作を含む周知の手段が利用できるものと理解することは明らかである。

そして、周知例(甲第7号証)には、ワンマンバスにおいて、整理券発行機と停留所での停車及び通過を運転者の手動操作によって指示する停留所経過スイッチを備えていることが記載され(同号証2頁左上欄15~18行)、また、特開昭59-72585号公報(乙第2号証)にも、整理券発行機の操作盤を運転席の近くに設け、その操作盤に停留所を停車せずに通過した時に押す通過スイッチと整理券番号を変更する時に押す番号変更スイッチとを備えることが記載されており(同号証3頁左上欄6~11行、6頁第3図)、これらの記載によれば、従来からワンマンバスの運行中において、運転者の手動操作によって停留所での停車及び通過等の情報を入力する手段が周知のものであったと認められる。

以上によれば、先願発明においても、本願発明の「読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段」に相当するものを備えているものと認められる。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁14行~6頁2行)に誤りはない。

2  取消事由2(相違点の看過)について

本願発明が、バスに搭載した中央処理装置の運行メモリ及び運賃メモリに複数の系統別の運行に必要な運行データ及び運賃データを記憶させておいて、その中から運行系統に応じた運行に必要なデータを選択的に使用するものであることは、当事者間に争いがない。

これに対して、先願発明は、バスの運行管理事務所等に配設される集計管理機のメモリに、複数の系統別の運行に必要なデータを記憶させておいて、その中から運行系統に応じた運行に必要な、路線コード、運転者コード、料金コード等のデータを選択的に管理カードに書き込み、これをバス料金収受装置に装着して使用するものであり(甲第5号証3頁左下欄5行~4頁右上欄20行)、この管理カードについては、先願明細書(甲第5号証)に「少なくとも一日の運行管理に必要な情報および乗客管理に必要な情報を記録するに充分な記憶容量があるものである必要がある」(同号証10頁右上欄11~13行)との記載がある。そして、一般に、1台のバスの1日の運行が1つの運行系統に限定されるものばかりではないことは社会常識上明らかであるから、上記の記載によれば、先願発明の管理カードには、複数の系統別の運行に必要な運行データ及び運賃データが記憶されているものと認めるのが合理的である。

また、特開昭59-72585号公報(乙第2号証)には、バスの運行の路線系統が変更されることが示唆される(同号証5頁左上欄14~15行)とともに、カセット状の運賃データメモリに「少くとも1系統以上のバス路線の往路と復路用の全ての区間ごとの運賃データが記憶されている。」(同号証3頁右上欄5~7行)と記載され、これらの記載によっても、バスの運行のためのデータメモリには、必要に応じて複数の系統の運行データ及び運賃データを記憶させておくことは、周知の技術であったと認められる。

以上によれば、先願発明における「管理カード」には、本願発明と同様に複数の「運行データ及び運賃データ」が記憶されているものと認められ、審決に相違点の看過があるということはできない。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り)について

各種の系統のデータの中から必要な系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置を備え、この読み出したデータに基づいて必要なデータ処理を行う機器が本願出願前周知であること(審決書7頁14~19行)と、特開昭59-214883号公報(乙第1号証)に、バスの車内に系統別の運行データを記憶した運行メモリと系統別の運賃データを記憶した運賃メモリを設け、入力操作手段からの設定入力に応じて運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読み出すようにすることが開示されていることは、当事者間に争いがなく、特開昭55-47591号公報(甲第6号証)及び特開昭56-57540号公報(乙第6号証)には、バスに搭載したメモリに複数の系統別の運行に必要なデータを記憶させておいて、その中から運転手が適宜運行系統に応じた運行データを選択的に読み出して使用することが開示されている。

また、必要とするデータを、メモリカセット、キーホルダ型ICメモリ、磁気カード等の可搬式メモリに記憶させておき、この可搬式メモリを装着することにより、これを制御装置の運行情報を記憶した記憶装置として用いることが、本願出願前周知であること(審決書7頁14~19行)も、当事者間に争いがなく、特開昭47-45292号公報(乙第3号証)には、バスの運行に際して、記憶装置に装着された可搬式メモリを差し替えることにより、複数の系統の運行に必要なデータを選択的に使用することが、また、特開昭59-72585号公報(乙第2号証)には、装着された可搬式メモリ自体に複数の系統の運行に必要なデータを記憶させておいて、これを選択的に使用することが開示されている。

以上によれば、本願出願前から、バスに搭載した内部メモリに複数の系統別の運行に必要なデータを記憶させておき、バスの運行時に運行系統に応じてこれを選択的に使用することと、可搬式メモリを差し替えることにより系統に応じた運行に必要なデータを選択的に使用することは、いずれもバズの運行に必要なデータを適宜選択して使用するための周知技術と認められる。さらに、上記の各公報及び内部メモリである記憶装置の書換えの繁雑さを防止するため可搬式メモリに相当するカセットテープによりその書換えを行うことを開示した特開昭58-8387号公報(乙第5号証)によっても、内部メモリを用いるか可搬式メモリを用いるかにより、バスの運行に必要なデータを選択して使用するうえでその効果に格別の差異が生ずるものとは認められない。

したがって、内部メモリを用いるか可搬式メモリを用いるかについて「いずれを採用するかは、その利害得失を勘案して当業者が適宜に選択することができた設計的事項と認められる。」(審決書8頁12~15行)との審決の判断に誤りはなく、審決認定の相違点は、本願発明と先願発明とが実質的に同一であることを妨げる差異ということはできない。

原告は、先願発明が乗車口用カード処理装置及び降車口用カード処理装置の2者により構成されるのに対し、本願発明は乗車停留所番号及び降車停留所番号を送信する中央処理装置と、これらの番号を受信する乗車口用カード処理装置及び降車口用カード処理装置の3者により構成されるから、その料金計算等が迅速に処理されると主張する。しかし、両発明の上記各構成は、乗客がカード乗車券を乗車口用のカード処理装置と降車口用のカード処理装置にそれぞれ挿入することにより、バスに乗車した時の料金計算を行うという機能において相違するところはなく、本願明細書(甲第2号証)には、本願発明が先願発明のように2者により構成された処理装置と比較して特に迅速に処理が行われることを示唆する旨の記載は見当たらず、しかも、同明細書には、「中央処理装置をカード処理装置の一方に組み込んでもよい。」(同号証24頁19~20行)と記載されており、本願発明には先願発明と同様に処理装置が2者により構成されるものも含まれるものと認められるから、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、本願発明が、運行管理所から遠く離れた終点停留所において、運行系統の変更指示を受けた場合にも、その新たな系統の運行データ及び運賃データを読み出して運行することができるという格別の効果を奏すると主張する。しかし、この点は、本願発明における運行メモリ及び運賃メモリの記憶容量がこれを許容する容量を持つことを前提とする効果にすぎず、一方、先願発明も、前記のとおり、管理カードにおいて本願発明と同様の複数の運行データ及び運賃データを記憶させておくことは、記憶メモリの容量がこれを許容する限り可能と認められるから、同様の効果を有するものと認められる。原告の上記主張は採用できない。

4  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決の認定判断は正当であって、他に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成6年審判第6113号

審決

岐阜県岐阜市上土居2丁目4番1号

請求人 株式会社 三陽電機製作所

東京都新宿区新宿四丁目2番21号 相模ビル

代理人弁理士 草野卓

昭和60年 特許願 第124944号「カード式乗車券精算システム」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年12月13日出願公開、特開昭61-282984)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 手続の経緯・本発明の要旨

本件審判にかかる出願は、昭和60年6月8日の特許出願であって、その発明(以下、「本発明」という。)の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「車内で乗車券を精算するシステムにおいて、上記乗車券は少なくとも有効金額、乗車停留所コードを記録し、またこれを読み出すことができるカード式乗車券であり、

乗車口に設けられ、少なくとも上記カード式乗車券の記録情報を読取る読取り手段、そのカード式乗車券に乗車停留所コードを書替える書替え手段、上記読取り手段で読取られた情報にもとづきそのカード式乗車券の有効性を判定する有効性判定手段及びその有効性判定手段による判定結果を報知する有効性報知手段をもつ乗車口用カード処理装置と、

降車口に設けられ、少なくとも上記カード式乗車券の記録情報を読取る読取り手段、その読取り手段で読取られた情報及び運賃データから運賃演算を行い、その結果にもとづき新たな有効金額を演算する手段及び新たな有効金額を上記カード式乗車券に書替える書替え手段とを有す降車口用カード処理装置と、

上記車内に設けられ、系統別の運行データを記憶した運行メモリ、系統別の運賃データを記憶した運賃メモリ、上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へデータを送る手段と、入力操作手段からの設定入力に応じて上記運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び上記運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読出す手段、その読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段及び上記読出された運賃データを上記降車口用カード処理装置へ送る手段を有する中央処理装置と、

を具備するカード式乗車券精算システム。」

2. 引用例に記載された発明

これに対して、原査定の拒絶理由に引用された本件審判にかかる出願の前の他の出願(以下、「先願」という。)であって、その出願後に出願公開されたものの願書に最初に添付された明細書又は図面(特開昭61-249187号、以下、「引用例」という。)には、カードによるバス料金収受方式の発明として、挿入されたカードの真偽を判別する手段と、この挿入されたカードが正しい場合このカードに乗車停留所番号を書込む手段と、この乗車停留所番号が書込まれたカードを排出する手段とを備えた乗車停留所番号書込装置をバスの乗車口に配設し、挿入されたカードの真偽を判別する手段と、この挿入されたカードが正しい場合このカードから乗車停留所番号および使用可能な金額を読取る手段と、この読取った乗車停留所番号にもとづき乗車区間料金を求め、読取った使用可能な金額から該区間料金を差引き、その残額を次に使用可能な金額として前記カードに書込む手段と、この次に使用可能な金額が書込まれたカードを排出する手段とを備えたバス料金収受装置をバスの降車口に配設し、このバス料金収受装置より乗車客のバス料金の収受を行うようにしたものが記載されている(特許請求の範囲参照)。

3. 比較・検討

そこで、本発明と引用例に記載された発明とを比較すると、両者は共に、読み書き可能な、いわゆるキャシュレス乗車券を乗車口用のカード処理装置と降車口用のカード処理装置にそれぞれ挿入することにより、バスへ乗車した時の乗車賃の精算を行うカード式乗車券精算システムに係るものである。そして、本発明の乗車口用カード処理装置及び降車口用カード処理装置へデータを送る手段と、読出された運行データの停留所コードを、停留所の通過ごとの停留所信号の入力に応じて上記乗車口用カード処理装置及び上記降車口用カード処理装置へ送る手段に相当するものは、引用例には明示されていないが、引用例に記載されているものにおいても、乗車停留所番号及び乗車区間料金を求めるためには当然に必要とされるものであるから、引用例に記載されたものにおいても、これに相当するものは備えているものと解される。また、引用例には、バスカードが所定の要件を満たすものでないときは、表示部11の図示しない警告用の赤ランプを点滅させるとともに、音声発生部12によりその旨の音声を発生させる手段を有するものであるから(第5頁左上欄第17行~同頁右上欄第14行参照)、本発明における有効性報知手段に対応するものは引用例に記載されたものにおいても備えているものと認められる。

してみると、両者は次の点において相違し、その余の点において一致しているものと認められる。<相違点>本発明においては、入力操作手段からの設定入力に応じて運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読出す手段を有する中央処理装置が車内に設けられているのに対し、引用例に記載されたものにおいては、バスの運行管理事務所等に配設された集計管理機3により、バスの出庫時において、管理カードKCに路線コード、この路線の所定の定額料金等を書き込み、運転手はバスの運行に際し、この管理カードKCをバス内のICカードR/W部24に投入し、これらの情報を読み取るものであり、このように集計管理機3はバスの外にあり、車上の装置には管理カードを介して必要なデータを読み込むものである点。

そこで、この点について検討するに、各種の系統のデータの中から必要な系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置を備え、この読み出したデータに基づいて必要なデータ処理を行う機器は、本件審判にかかる出願の出願前周知である(必要なら、特開昭55-47591号公報を参照されたい。)。

また、必要とするデータを、メモリカセット、キーホルダ型ICメモリ、磁気カード等の可搬式メモリに記憶させておき、この可搬式メモリを装着することにより、これを制御装置の運行情報を記憶した記憶装置として用いることも本件審判にかかる出願の出願前周知である(必要なら、特開昭55-25190号公報及び特開昭56-47891号公報を参照されたい。)。

してみれば、必要とするデータを可搬式メモリに記憶させておき、この可搬式メモリを装着することにより、制御装置に内臓されている記憶装置の機能を代行させ得るようにした機器も、記憶装置を内蔵し、必要とするデータを選択的に読み出すことができる機器も、共に本件審判にかかる出願の出願前周知のものであり、本発明が、記憶装置を内蔵し、必要とするデータを選択的に読み出すことができる機器を用いることにより、それが本来有する効果を越えて予測し得ない効果を奏することができたものとも認められないから、いずれを採用するかは、その利害得失を勘案して当業者が適宜に選択することができた設計的事項と認められる。

なお、本発明のものは、入力操作手段からの設定入力に応じて運行メモリ中の設定された系統の運行データ及び運賃メモリ中の設定された系統の運賃データを読出す手段を有することにより、途中で運行系統の変更ができるものであるが、引用例のものは、管理カードKCを使用するものであり、途中で運行系統の変更ができないものである旨主張するが、引用例に記載のものにおいても、運転手がバスの出庫時に各種の運行系統の管理カードを同時に受け取れば、解決することができるものであり、モード切換により種々の系統のデータの中から必要とする系統のデータを選択的に読み出すことができる処理装置の有する本来の機能から予測し得る効果にすぎないものと認められる。

したがって、本発明は引用例に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本発明の発明者が先願の発明の発明者と同一であるとも、また本件審判にかかる出願の出願時に、その出願入が先願の出願人と同一であるとも認められないので、本発明は、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年3月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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